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花燃ゆ 第12話 豆知識32 幕府開国 [花燃ゆ]

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第12話の主な出来事
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文と久坂玄瑞結婚(1857年12月5日)
久坂玄瑞江戸遊学決まる
井伊直弼 大老就任
兄梅太郎の娘 豊誕生

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『花燃ゆ』主人公:杉文(井上真央)
 第11話での年齢14歳
(1843年)3月1日生まれ
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花燃ゆ 第11話 豆知識31 1857年に起きた事 [花燃ゆ]

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第11話の主な出来事
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文と久坂玄瑞結婚(1857年12月5日)決まる
前原一誠(佐藤隆太)帰郷する
小田村伊之助(大沢たかお)が椋梨藤太(内藤剛志)
に背く
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『花燃ゆ』主人公:杉文(井上真央)
 第11話での年齢14歳
(1843年)3月1日生まれ
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花燃ゆ 第xx話 豆知識30 桜田門外の変黒幕徳川斉昭 [花燃ゆ]

第xx話の主な出来事
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1860年3月3日    桜田門外の変
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『花燃ゆ』主人公:杉文(井上真央)
 第xx話での年齢17歳
(1843年)3月1日生まれ
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桜田門外の変では、尊皇攘夷派の水戸藩士が脱藩の
上、事に及んだことになっています。

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NHK大河2015花燃ゆ 第xx話 豆知識その29 桜田門外の変の真実 [花燃ゆ]

『花燃ゆ』主人公:杉文(井上真央)
 第xx話での年齢17歳
(1843年)3月1日生まれ
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第xx話の主な出来事
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1860年3月3日    桜田門外の変
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花燃ゆの進行からは少々勇み足になりま
すが、『桜田門外の変』についてご紹介
します。

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大河ドラマ花燃ゆ=第10話=豆知識その28 吉田稔麿と池田屋事件 [花燃ゆ]

『花燃ゆ』主人公:杉文(井上真央)
 第10話での年齢14歳
(1843年)3月1日生まれ
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第10話の主な出来事
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・従兄弟 吉田稔麿(瀬戸康史)江戸行き
・??? 前原一誠(佐藤隆太)入塾希望者
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吉田稔麿ご存知の通り、文の従兄弟にあ
たる者です。

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大河ドラマ花燃ゆ=第9話=豆知識その27 視聴率UP法 [花燃ゆ]

『花燃ゆ』主人公:杉文(井上真央)
 第9話での年齢14歳
(1843年)3月1日生まれ

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第9話の主な出来事
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・兄   吉田松陰(伊勢谷友介)松下村塾始動
・後の夫 久坂玄瑞(東出昌大)松下村塾に入塾
・従兄弟 吉田稔麿(瀬戸康史)松下村塾に入塾
・塾生  高杉晋作(高良健吾)松下村塾に入塾
・塾生  伊藤博文(劇団ひとり)松下村塾に入塾
・唐突に表れた 梅田雲浜
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明日で第10話まで進んできました。

今月中には、再び吉田松陰が捉えられて
安政の大獄の渦に飲み込まれ行くことで
しょう。

序盤の盛り上がりの部分に差し掛かって
きます。しかし視聴率は残念ながら未だ
に、超低空飛行を続けています。

そんな中で、視聴率をアップさせる方法
を、掲載した雑誌記事を見ました。

ちょっと、ご紹介致します。

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①入浴シーン
これから登場する毛利敬親の正妻役とし
て「松坂慶子」とか、「優香」勿論、主
役の「井上真央」この方々の入浴シーン
を登場させたらどうか?

②敵役の登場
主人公「杉文」を虐める相手とか競争相
手とかを登場させる。

これは、史実的に難しいだろうから、恋
敵の登場が現実的でしょう。

これから先、長州藩士は京都に出向いて
行くことになります。

維新志士といえども男です。

多くの志士たちは京都に妾さんを囲って
いたそうです。久坂玄瑞もご他聞に漏れ
ず、芸者のタツという妾さんがいたそう
です。しかも、子供まで設けています。

その子供は、後に久坂家の戸籍にいれて
います。

「杉文」と「芸者タツ」との泥沼劇場を
展開させてはどうか?
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21 - 1.png
※引用元:http://cohga.net/picasa/%E6%B1%9F%E6%88%B8%E3%82%92%E6%96%AC%E3%82%8B/
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③松陰の亡霊を登場させ続ける
『花燃ゆ』の登場人物で一番の有名人で
ある吉田松陰が亡くなってしまった後は
何興味を持っていいのか解らなくなって
しまいます。

そこで、松陰が、事あるごとに枕元に立
つとか、常に文の後ろについているいる
とかして、助言を与える。とかしたらど
うか?

維新が始まると、久坂、稔麿を始め多く
の塾生が討たれていきます。

亡くなった後、あの世で松陰と再会し、
議論を交わす。とかしたらどうか?

④長州vs会津の対立色を強める
先に『八重の桜』を放映してこと。
日本人気質に判官びいきがある。
ということで、多く国民が会津が可哀想
薩長はあそこまですることはなかった。
と思っている。
その感情を利用してはどうか?
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どれも、面白い脚色だと思います。

特に④は、積極的に取り入れて貰いたい
ですね。

なぜ、戦わなくてはならなかったのか?
そこを、描いて欲しいですね。

「文」との絡みで描くことは難しいでし
ょうけど、薩長から目線で描いておくべ
きだと思います。

皆さんは、如何お考えでしょうか?
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大河ドラマ花燃ゆ=第9話=豆知識その26 安政の大獄 [花燃ゆ]

第9話の主な出来事
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・兄   吉田松陰(伊勢谷友介)松下村塾始動
・後の夫 久坂玄瑞(東出昌大)松下村塾に入塾
・従兄弟 吉田稔麿(瀬戸康史)松下村塾に入塾
・塾生  高杉晋作(高良健吾)松下村塾に入塾
・塾生  伊藤博文(劇団ひとり)松下村塾に入塾
・唐突に表れた 梅田雲浜
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『花燃ゆ』主人公:杉文(井上真央)
 第9話での年齢14歳
(1843年)3月1日生まれ


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大河ドラマ花燃ゆ=第9話=豆知識その25 松下村塾始動? [花燃ゆ]

『花燃ゆ』主人公:杉文(井上真央)
 第9話での年齢14歳
(1843年)3月1日生まれ
長いこと年齢が間違っていました。すみません。
前記事も修正致しました。お詫び申し上げます。
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第9話の主な出来事
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・兄   吉田松陰(伊勢谷友介)松下村塾始動
・後の夫 久坂玄瑞(東出昌大)松下村塾に入塾
・従兄弟 吉田稔麿(瀬戸康史)松下村塾に入塾
・塾生  高杉晋作(高良健吾)松下村塾に入塾
・塾生  伊藤博文(劇団ひとり)松下村塾に入塾
・唐突に表れた 梅田雲浜
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松下村塾が始動しましたね。と思ってい
るのですが、まだなのかもしれません。

史実では、1857年12月20日松下村塾を叔
父の玉木文之進から引き継ぐとなってい
ます。

それに、主人公「文」の久坂玄瑞との婚
姻も1857年12月5日になっています。

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『花燃ゆ』でいま展開されている場面は
まだ、松下村塾を叔父から引き継ぐ前の
段階であると考える方が自然だ。


吉田松陰はまだ杉家に蟄居に身で、塾を
行っている場所も、杉家の自室。

松下村塾は、八畳間と十畳半間の二間の
作りとされている。

何より、「文」と久坂玄瑞がまだ婚姻し
ていない。

松下村塾を叔父の玉木文之進から引き継
ぐ前に、「文」は婚姻している筈なのだ
から。
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monkasei-gunzou5.jpg
※引用元:http://www.yoshida-shoin.com/monka/monkasei.html
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まだ、松下村塾としてではなく、名もな
い状態の段階であろう。

来週あたりで、「文」の婚姻となり、正
式に叔父から「松下村塾」の名を受け継
ぐのだろう。

『花燃ゆ』のサブタイトルでは、松下村
塾となっているけどね。

脚色するのは、良いけど、史実は曲げな
いで欲しいものですね。
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大河ドラマ花燃ゆ=第9話=豆知識その24 梅田雲浜 [花燃ゆ]

『花燃ゆ』主人公:杉文(井上真央)
 第9話での年齢12歳14歳
(1845年)1843年3月1日生まれ

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第9話の主な出来事
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・兄   吉田松陰(伊勢谷友介)松下村塾に入塾者
・後の夫 久坂玄瑞(東出昌大)松下村塾に入塾
・従兄弟 吉田稔麿(瀬戸康史)松下村塾に入塾
・塾生  高杉晋作(高良健吾)松下村塾に入塾
・塾生  伊藤博文(劇団ひとり)松下村塾に入塾
・唐突に表れた 梅田雲浜
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松下村塾が始動しましたね。

何故か?どうなのか?・・・・
唐突に、どうつながるのか?・・・・

名前のスーパーまで出てきたのに、それ
だけで、流された感がある『梅田雲浜』

ただ、この人も吉田松陰に関係している
けど、特にエピソードがないので、画面
にだけは登場しておかないと、江戸送り
にされる時に辻褄が合わなくなるからと
しか思えない。

花燃ゆ第10話では松陰と雲浜との、何
らかの絡みがあるのだろうか?

史実には、雲浜と松陰とが絡んだ軌跡は
残っていないみたいですが、どう処理す
るんだろう。

=梅田雲浜
1815年7月13日生まれ 元小浜藩藩士
小浜藩の藩校 順造館で儒学者 山口管
山から山崎闇斎学を学んだ後に、大津で
「湖南塾」を開いた。

1852年京都に上京し藩の塾「望楠軒」の
講師となる。

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同年に藩主 酒井忠義に建言して、藩主の怒りを
買い藩籍を剥奪される。

1853年 ペリー来航すると、条約反対、外国人排
斤による攘夷運動を訴えて、尊皇攘夷派の先鋒と
して、幕府を激しく批判した。

安政の大獄で、要人以外では最初の逮捕者となっ
たとされる。

詰問所では激しい責めを受けた。

1859年10月9日 獄中で病死した。

死因は、当時流行っていたコレラに感染したとい
う説と、拷問で受けた傷が悪化した説がある。

尊皇攘夷派の思想家として、尊敬する者も多い。

『花燃ゆ』では、どう取り上げるのか解りません
が、史実では、井伊直弼が1858年9月8日から始め
る『安政の大獄』で、吉田松陰が、『梅田雲浜』
と密会し倒幕の企てをしたとして、江戸に送検さ
れる口実にされます。

吉田松陰が梅田雲浜との絡みがあったという証拠
は残っていないようです。

江戸での設問でも、吉田松陰が自ら梅田雲浜との
繋がりを否定している。

『花燃ゆ』のストーリーでは、もうじき触れる事
になる、幕府が無勅許で日米修好通商条約締結し
たことに激怒した吉田松陰が間部詮勝の暗殺計画
を企て、藩に武器の供与を願い出る。
これにより、藩より杉家に幽閉される。
直ぐに、野山獄に移される。
安政の大獄の煽りを受け、江戸に送検されること
になる。

この一連の行動は、梅田雲浜に影響されたのでは
なく、僧侶の默霖に影響されたとされている。

梅田雲浜は、先に幕府に捉えられている。
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20111018133209.jpg
※引用元:http://d.hatena.ne.jp/supernil/20111111/1321040592
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安政の大獄で捉えられ死去した人々
・橋本左内
・梅田雲浜
・吉田松陰
・梁川星厳
・頼三樹三郎
・安島帯刀
・鵜飼吉左衛門
・鵜飼幸吉
・間部詮勝
・長野主膳
・島田左近
・村山たか女
・文吉
・山本貞一郎
・勝野正道
・近藤正慎
・信海
・月照
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『花燃ゆ』では、1857年12月20日松下村塾を叔
父の玉木文之進から引き継ぐの後の年代を進め
ている。

その頃、会津藩では、安政の大地震(1855年9月)
で焼失した上屋敷が再建(1858年)された。

山本覚馬は江戸での勉学から会津に戻り日新館
教授となり、蘭学所を開設。

下田では、お吉がハリスの看病に奉公にあがる。
(1857年5月)

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大河ドラマ花燃ゆ=第9話=豆知識その23 伊藤博文 [花燃ゆ]

『花燃ゆ』主人公:杉文(井上真央)
 第9話での年齢12歳14歳
(1845年)1843年3月1日生まれ

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第9話の主な出来事
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・兄   吉田松陰(伊勢谷友介)松下村塾に入塾者
・後の夫 久坂玄瑞(東出昌大)松下村塾に入塾
・従兄弟 吉田稔麿(瀬戸康史)松下村塾に入塾
・塾生  高杉晋作(高良健吾)松下村塾に入塾
・塾生  伊藤博文(劇団ひとり)松下村塾に入塾
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松下村塾が始動しましたね。

伊藤博文も登場しました。
お百姓さんだったんですね。伊藤博文は。

まるで、豊臣秀吉ですね。
お百姓から日本のトップ首相に登り詰めたのです
からね。

=伊藤博文
1841年9月2日周防国熊毛郡束荷村字野尻の
百姓・林十蔵(後に重蔵)の長男として生まれる
(現 山口県光市束荷字野尻)

ご存知のように、初代内閣総理大臣なった人物です
よね。

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明治維新の偉人の中で最も広く知られて人物と言っ
て過言ではありません。

千円札の肖像でも知られていますよね。

何故、初代内閣総理大臣なのにお札からいなくな
ったのか、ご存知ですか?

それは、伊藤博文の死因と、現代の対外政策くと
関係があります。

まず、死因です。
日清、日露戦争のあと、日本が韓国(朝鮮)を統
治下に置いた。

初代韓国統監についた伊藤博文は、1909年にロシ
アとの会談の為訪れたハルピンで民族運動家・安
重根によって射殺された。

そして、この事件は、100年以上たった現在でも、
取り沙汰され、日韓関係の火種にされている。

韓国では、暗殺の日10月26日は反日デモが起きる
など当時の屈辱を再び起こさないように訴えてい
る。

また、1979年には当時の韓国大統領だった朴正煕
暗殺事件が起きている。

韓国にとって10月26日は厄日なのである。

そんなこんなで、伊藤博文を偉人扱いし過ぎると
対日感情を逆撫でることになり兼ねないので、
伊藤博文をお札から下ろすことになったのです。

Wikipediaを読むと、いけ好かないところが多々
ありますけどね。

負け犬の遠吠えですが・・・・。

それで、生い立ちに話を戻すとします。

母親は、秋山長左衛門の長女・琴子と言います。

秋山長左衛門って「四谷怪談」のお岩さんの仲人
と同じ名前ですよね。同じ人なんですかね?

百姓だった父は破産して、長州藩の蔵元付中間・
水井武兵衛の養子になって、その武兵衛が周防
佐波郡相畑村の足軽・伊藤弥右衛門の養子にな
った。

ということで、百姓から足軽に昇進した訳です。

幼名の利助から伊藤直右衛門とした。
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928694_1400868686877625_950657400_n.jpg
※引用元:http://www.pingram.me/tag/%E5%B2%A9%E5%80%89%E5%85%B7%E8%A6%96
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1857年2月に江戸湾警備の為、相模に派遣され
ている際、上司の来原良蔵と出会う。

来原の紹介で、松下村塾に入塾する。
この辺は花燃ゆでは書き換えていますね。

伊藤は、文の従兄弟にあたる吉田稔麿の世話に
なっていたが、身分が低いため、松下村塾では、
塀の外から立ち聞きしていたらしい。

花燃ゆでは、身分、年齢を問わずと言っていた
がやはり、身分は関係あったのでしょう。

狭い所だから、入りきれなくなれば、身分の低
い順に廊下になり、庭になり、屋敷の外にとい
った具合でしょうか。

翌1858年7月から10月まで松陰の推薦で長州藩の
京都派遣に随行しています。

1858年12月28日 吉田松陰杉家に幽閉 
        松下村塾閉鎖
1859年01月29日 吉田松陰野山獄再投獄

帰藩後、1859年6月から10月まで来原に従い長崎
で勉学に励む。

10月からは来原の義兄桂小五郎の従者となり長州
藩江戸屋敷に移り住んだ。ここで、井上馨と親交
を深める。

1859年11月21日に吉田松陰が処刑される。

江戸にいた伊藤博文は、松陰の遺骸を引き取るこ
ととなった。

桂小五郎、久坂玄瑞、高杉晋作、井上馨らと維新
の大波に乗っていくことになります。

そのあとは、着かず離れずと立ち回り、結果、岩
倉具視に従い、1885年12月22日初代首相へと登り
つくのでした。
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